サステナビリティ倶楽部レポート

第31号 「最近の労働問題: 移民労働者」

2013年10月21日

●成長するタイで

先日タイに出張し、現地企業の視察などを通してこの国の状況を伺う機会があった。

アジア諸国の経済がどこも伸びており、タイもその中で順調に成長している。バンコク市内の繁華街も賑わっており、ミドルクラスが豊かになって消費が活発化している様子が伝わってくる。

 

タイには日本企業の進出が顕著だ。自動車産業がサプライチェーン総出で日本企業の拠点を築いてきたところで、親日的な国だ。市内を走る車も90%以上日本車のよう。裾野が広い自動車業界は簡単に製造拠点を築けるものではなく、それをやってきた日本企業が圧倒的な強さをもっているという。

 

2年前の洪水で製造拠点のリスク分散化が必要と各社とも検討したが、やはりこの強力なサプライチェーンを簡単に他に移設できないということで、タイ中心の製造が続いているそうだ。

 

●完全雇用下で移民労働者の増大

こうした産業構造のなか、タイの失業率は1%以下で完全雇用だ。

発展する経済に対して、労働が追い付いていない。それを補うための労働者対策が、近隣国からの移民の雇用だ。もっとも多い国がミヤンマー。早速地図を開いてみると、タイの西から北にかけて、ミヤンマーとの長い国境が続く。これだけ長く接していれば、容易に労働者が流れてくることはすぐに想像がつく。

 

タイ政府も労働力不足のために、ミヤンマーの労働者を受け入れる政策だ。タイ人口6800万人に対して、同国からの労働者は200万人、それ以外に違法労働者が200万人ほどいるようだ。タイ人は労働条件の悪い低賃金労働はしなくなり、そこを担ってくれる移民労働者なしではタイの経済は成り立っていかないのだ。最低賃金が、バンコク300バーツ/日に対してミヤンマーは50バーツ/日という。ミヤンマー人としても、国境を越えて働くほうがいいと思って当然ではないか。

 

移民労働自体は、法が整備されそれがきちんと施行されていれば問題はない。現地の日本企業も大企業が直接操業する場合には、そんなにずさんな雇用は見られない。課題はサプライチェーンに出てくる。

 

タイの主要産業は水産業や農業で、零細な家族経営が主体だ。このような現場では労働法などよく理解していない経営も多く、従って雇用も不安定で不当賃金、長時間労働、不衛生な労働環境、児童労働などが起こりやすい。また労働者のID(身分証明証)をとりあげたり、工場敷地外との出入りや外部との接触を禁止したり、債務労働を負わせるなど、労働者の移動の自由を制限する行為は人身取引(human trafficking)として問題になっている。人身売買まではいかないが違法な労働で、今一番問題になっている課題だ。

 

ILOや各国政府もこれを問題視しており、アメリカ政府では世界各国の状況を調査した”Trafficking in Persons Report”を2011年に発表している。Tier 1~3で各国をランキングしており、タイはTier 2 Watch List(最低基準が十分に遵守されていないがその努力をしており、さらにいくつかの条件を課す)国として政府から忠告されている。

 

●欧米の主要顧客からの要請

欧米企業を顧客にもつタイの大手企業は、取引先から様々な社会的要因を要請されるので、取引の条件として対応が必須になっている。欧州企業はサプライチェーンへのトレーサビリティ、米国企業は移民労働と関心がやや異なり、それぞれに対応しないといけないという。日本企業との取引もあるが、こちらは衛生状況などで労働課題の要請はあまりないといっていた。

 

この企業にCSR/サステナビリティの取り組みを伺ったところ、移民労働を含めクリティカルな課題にわたり自社事業のポイントを押さえたサステナビリティ戦略を展開しており、関心した。アジアではCSRといえば社会貢献と考える傾向がまだ多い。しかし同社のように欧米と付き合いが強ければ、彼らが考えるCSR/サステナビリティの動向や要請を社長自らが理解し、それをビジネスに組み込むことに敏感だ。日本企業の方が参考にすべきくらいだ。

 

日本企業の欠点は、この手の課題になると「ウチはちゃんとやっている。だから改めて言う必要はない」とコンプライアンス発想や社内管理としか受けとめないことだ。しかし重要なのは、世の中が懸念を持っている課題については、ステークホルダーの立場できちんと説明するという姿勢だ。すべてについて説明する必要はなく、今はこのトピックが重大になっている、という傾向をよく知っておくことだ。

 

●人身取引を指摘されている日本

ところで、先進国の多くはTier 1(政府が最低基準を遵守している)だ。ここで問題なのは、日本がTire 2(最低基準が十分に遵守されていないが、その努力をしている)であることだ。先進国では日本だけがこのランクなのだ。

 

これは重大なことと受け止めないといけない。

日本で「仕方がない」とされている過重労働やサービス残業はかなり以前からILOでも問題にあげられている。ここでは、外国人研修生による研修名目での実質的な労働を指摘しているのだろう。国内でたびたび問題にされながらも、何かとうやむやにされている状況を海外機関は見逃さない。

 

このように海外や国際機関から、日本の雇用・労働についてかなり指摘されていることについて、企業は無頓着に見えてならない。CSR報告書も国内向きなものばかりで、社員や人材のセクションには国内操業の日本人正社員のことしか書いていないケースが多い。これを英訳して世界に発信したらどのようにみられるか、もっと考えるべきだ。

 

最近は人権の記載を盛り込む企業も増えてきたが、日本での差別のことしか対象でないとすぐわかる。海外に操業している企業がこの程度の記載しかないと、世界が語る人権を理解していないことをさらけ出すに等しい。

 

CSRの課題のなかで、労働問題が一番解釈が難しい。さらにどこまでどうやったらいいかとなると、CSR担当や人事担当だけでできるものではない。経営全体の問題であり、そこを放置しておくと重大な経営のリスクになることを早く気づいてほしい。