サステナビリティ倶楽部レポート

第22号「統合版アニュアル・レポートへのチャレンジ」

2012年12月19日

●会社の全体像を経済的視点でまとめる

「さまざまな方面から情報開示や報告書発行の要請が寄せられるが、対応すればするほど会社の全体像が見えなくなってくる……」IR担当の皆さんが等しく抱える課題だろう。

しかし、企業がまず伝えなければならないことは、経営の全体像だ。会社の意義(経営理念や価値観)、社会との接点でどんな事業をしているのか(ビジネスモデル)、今後どんな方向を目指していくのか(将来志向戦略)の説明なくして事業を説明したといえるだろうか。これらを総合的・包括的にとらえ(=統合的思考)それを報告していくことが企業報告の基本だ。

これまでの財務報告を主眼としたアニュアル・レポート(AR)から、有機的な組織としての経営メッセージを伝える統合型のARにすることで、財務指標主体の開示では見えなかった会社の「価値」が伝えらえるはずなのだが。

統合版ARの作成においては、一冊にすべての企業情報を盛り込まなければならないということではない。ARは「経済的利害関係者」である投資家に向けた報告であり、経営を説明するレポートとして、企業価値に関連するESG(環境、社会、ガバナンス)情報を組み入れて会社の活動を説明するものといえる。「社会的利害関係者」であるステークホルダーに対しては、必要に応じてCSR報告を別途に開示し続けることが必要で、これは統合版ARと矛盾しない。

●ヨーロッパ企業が先行: ネスレの事例

では実際にどんな統合版ARが作成されているのかというと・・・。非財務情報開示の制度化が進んでいるヨーロッパ企業の間では、統合版への取り組みがかなり一般化している。

スイスに本社をおく世界最大の食品会社であるネスレは、ARのタイトルも、“The World’s leading Nutrition,Health and Wellness Company”としており、単に食品を売る会社ではなく、「人々の健康をお手伝いする会社」といったメッセージが込められている。http://www.nestle.com/media/newsandfeatures/annual-report-2011

ネスレの経営は、サステナビリティを組み込んだ「共通価値の創造(CSV:Creating Shared Value)」を事業戦略の軸とすることで有名で、それがARでも一貫していることがわかる。

事業概要の説明である“Roadmap to Good Food,Good Life”では、CSVを事業戦略の柱に据え、これと同等にネスレの文化、価値観、原則や規範、そしてコンプライアンスとサステナビリティを事業活動のベースとして展開していることが、図で示されている。その上に、事業の競争優位性と成長要因、そして操業上の特色を位置づけている。

2011年のハイライトで取り上げているトピックは、医療財団への貢献、児童労働への対応、カンボジアの地元農民への指導、国連活動への協力というように、すべてが社会活動についての報告だ。これはサステナビリティ報告ではないかと思うような内容を、投資家向けARに掲載している。投資家に対して、「財務情報ばかり見ていても会社の価値は分からない。CSRの取り組みにまで目を向けなさい」といったメッセージを発していると感じる。

これに続く事業の説明では、4つの成長要因についてそれぞれの概況を掲載している。事業部門別に構成するのではなく、今後の戦略展開上重要となるトピック・分野別に報告しているところが特徴だ。最初は“Nutrition,Health and Wellness”であり、ARのタイトルでも掲げている主力分野。人々の健康的な生活を支援する、そんなストーリーが伝わってくる。

●アメリカ企業はこれから

IIRCのパイロットプロジェクトには、アメリカ企業も多く参加している。統合版ARがこれからの流れならば、早いうちから乗ってしまおうということだ。現在のARではまだその成果は見られず、従来型のARに留まっているところが多いが、来年から徐々にオリジナルな報告が出てくるだろう。

そこで報告様式ということではなく、戦略にサステナビリティが統合されている例として、IBMを取り上げてみる。http://www.ibm.com/annualreport/2011/

IBMのグローバル戦略のひとつである“Smarter Planet”は、地球規模の各種課題について、同社が提供するサービスを、個人や企業だけでなく社会や地球レベルに変化・拡大することで新たな領域を創造するという事業戦略だ。事業の柱に社会性を組み込んでいるという点が、統合的思考であるといえる。

148ページある2011年のARは、ほとんどが財務情報の開示といった従来型の冊子であり、事業を解説している部分は4ページ程度だ。その中の2ページを“Smarter Planet”の説明にあてており、この戦略が同社の柱であることがわかる。

“Smarter Planet”が社会にもたらす価値創造は「スマートな都市構築」が中心であり、2011年のレポートでは、各プロジェクトの内容を紹介している。統合報告には企業活動全体の非財務指標でのパフォーマンス開示が求められているが、企業全体の指標を設定することは難しく、IBMでは各プロジェクトでエネルギー効率や操業効率の向上度合いを数値で示している。

●日本企業も種々の試み

日本企業は欧米のケースを見ながら、というところで、徐々に取り組みが始まっている。

三菱商事では、2010年に発表した中期経営計画2012で、「継続的企業価値の創出」を掲げた。これは、「継続的経済価値」「継続的社会価値」「継続的環境価値」を統合した概念として、経営レベルでの統合的思考を明確に示したものといえるだろう。これを受けて同社は、2011年からサステナビリティ報告をARに統合している。http://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/ir/library/ar/

あらゆる事業にかかわる総合商社の事業活動を、簡潔に1冊で説明することは非常に難しい。そこで、主要となる事業をトピックとして説明する方法をとっている。2012年版では、同社の主要事業であり、かつ環境・社会への影響が大きい戦略的CSRのプロジェクトを特集として取り上げ、継続的企業価値を分かりやすく説明している。シェールガス、電力事業、食糧事業のどれからも、世界のサステナビリティ課題に挑むことが事業の機会創出につながる、というメッセージがはっきりと伝わってくる。

戦略的CSRと基本的CSRの両方が1冊の中で分かることも、同社のARの特徴といえる。サステナビリティ情報についてはウェブでの開示を充実させることで、ユーザからの要望に十分に対応している。

●どんなARをつくるかは、企業次第

あなたの会社の価値は何か、それをどのように説明するか。統合版ARを作成することで、財務情報だけでは見えないオリジナルな企業の価値を、枠組みにとらわれることなく自由なスタイルで具体的に伝えることができるはずだ。