サステナビリティ倶楽部レポート

[第48号] 攻めのガバナンスとしてのステークホルダーとの協働(続き)

2015年05月9日

 

● OECD原則でのステークホルダーの考え方

前号でコーポレートガバナンス・コード内でのテークホルダーとの協働について書いた。その後も本テーマのセミナー等で情報収集し、策定に関わった有識者会議の方々と直接話して私なりに考えをまとめており、今号はその続編としても少し踏み込んでみる。

 

最初の関心事は、ステークホルダーの事項がこのコードに盛り込まれることになった経緯だ。

ところが、何度セミナーを聞いても株主や取締役会の部分の説明ばかりで、ステークホルダーのくだりは飛ばされてしまう。有識者会議の構成を見ても、ガバナンス専門家や投資家の顔ぶればかりでCSR・ESG分野の人材は含まれていないので、このような展開は「あぁやっぱり」なのだが、立派に1章割いているのだからどんな理由で挙がったかは知りたい。

 

その源流は、本コードがOECDコーポレート・ガバナンス原則をたたき台にしてつくられていることから来ている。お手本の原則では「ステークホルダー(利害関係者)の役割」という項目をたてているので、日本案でもそれを踏襲して1章を設けることになったということだ。

 

そこで、OECDの内容が理解され本コードに反映されているか、が次の関心。

両方を比較してみると、日本版では内容が随分異なったものになってしまった。どう違うのか。

OECD原則の基本スタンスは、「ステークホルダー(利害関係者)の権利」を認識してガバナンスに組み入れるというものだ。ここでのポイントは、

 ・ステークホルダーの権利の尊重

 ・ステークホルダーにとっての救済の機会の提供

 ・ステークホルダーの権利が損なわれないこと

である。ステークホルダーの権利とはつまり「人権」であり、上記の内容も国連指導原則の骨子そのものだ。有識者会議ではそこまで理解され得ず、この考えは本コードには反映されなかったのだろう。本来ならばここから考えなければいけないのだが。

 

日本版は、会社側の社内体制の視点であり、経営管理をどう行うかの項目に置き換わってしまった。視点が全く異なってしまった、という指摘はほとんど気づかれていない。

そもそも日本のCSRが社内志向なのであり、これは前号で指摘したことだ。海外でCSRといえばステークホルダーの懸念にどう対応するかなのであり、彼らと接する対外的な取り組みを指している。

 

これは、「ビジネスと人権」の取り組みでも同様の課題といえる。

国連指導原則の主眼は、「世界の人権侵害がなくなること」であり、利害関係者と向き合い侵害をなくす行動をとることが求められている。その理解なしに人権デュー・ディリジェンスつまり社内の手順や体制づくりにいそしんでも、何の効果もないのだ。

 

● 原則ベース: 自社の課題を考える

そんなわけで、その違いを知らないまま本コードに沿ってステークホルダー対応をしたところで、海外の投資家からはよくわかってもらえないだろう。

しかしこの章が無意味なわけではなく、むしろここに含まれたことは日本のCSRにとって大きなプラスだ。”ESG”を明確に記載し、ステークホルダーとの意味ある協働を経営レベルで考える機会になるからだ。なかでも「原則2-3: 社会・環境問題をはじめとするサステナビリティーを巡る課題」が盛り込まれたことがポイントだろう。

 

さて、最後の関心事は、これがどのように実践されるだろうか、というものだ。

本コードは、チェックリストとして使うものではない。金融庁の担当官は、「原則主義」の考え方を何度も説明し、自社の基準で何をすべきか判断して活用してほしいということを強調している。金融庁が主導で雛型やガイダンス文書、Q&A集といったものは作成しないし、企業の取り組みをチェックすることもない。本コードの活用を広げるのは各社それぞれの株主の行動であり、彼らとの対話と協議が有効なガバナンスの展開方法だという。

 

● 本コードの広がりは?

私は今後二極化するだろうと思う。

原則を積極活用して、外部に対して説明ができるような自社特有のガバナンス、そしてステークホルダーとの関係を展開する企業は着実に増えるだろう。といって、上場企業のすべてがそこまで取り組めるものではない。

 

極のもう一方、そして大多数の企業は、法的な縛りがないなら敢えてやらなくていいじゃないか、という姿勢のままだろう。そもそも株主からこうした要請がなければ、会社側が取り組む理由にならない。やらない判断は自分達で決めてよく、その理由を説明さえすればいいのだ。「右へ習え」の思考パターンから離れて自分達で考えていく、そんなきっかけになることはいいことだ。

 

● Stakeholder Relationsの勧め

さて、前号でSR(Stakeholder Relations)を提案したところだが、同じSRをShareholder Relationsという内容で使うケースが出てきているようだ。私からみると、株主でも投資家でもそれほど変わらないのだから、これまで通りInvestor Relationsでいいではないかと思うのだが、何やら新たなアプローチを提案するには違う用語を使いたいらしい。SRというサービス会社の言い分は、Shareholder Relationsは会社側が訴求する特定の株主に向けた重点的な活動で、これまでの広く全般的な投資家に向けたIRとは異なるということだ。

 

海外の投資家にしてみれば、IR自体が重点的な投資家に向けた戦略的リレーション活動なのだから、SRと新たにいうほどでもないだろう。それよりも、これまでとは違った存在である「Stakeholderへのコミュニケーション」という考えを持ち込むことの方が大事だと思うのだが。ESG投資に力を入れている海外投資家には、ステークホルダーへの配慮ができていることが評価につながるだろうし、是非SRに取り組んでもらいたい。

 

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第5回東洋経済CSRセミナー

「グローバル時代に求められるサプライチェーンマネジメント」

 

・日時:2015年5月27日(水) 13:30~16:30(受付開始13:00)

・会場:社団法人経済倶楽部ホール(東洋経済ビル9階)

・予定プログラム:

 1. ご挨拶

 2. 講演(13:35~15:05)

   「新興国でのビジネスと人権リスク ~サプライチェーンでのCSR視点」    株式会社創コンサルティング代表取締役:海野みづえ氏

 3. 休憩(15:05~15:15)

 4. パネルディスカッション(15:15~16:30)  パネリスト:海野 みづえ氏(株式会社 創コンサルティング代表取締役)

        中尾 洋三氏(味の素株式会社CSR部専任部長)

        名越 正光氏(セガサミーホールディングス株式会社

            グループ内部統制室兼グループCSR推進室兼監査役室所属)

  モデレーター:岸本 吉浩(東洋経済新報社『CSR企業総覧』編集長)

 

※詳細とお申込みは下記までお願いします。

http://www.toyokeizai.net/csr/seminar/seminarD1.html#5