サステナビリティ倶楽部レポート

第16号「誰のため、何のための企業価値評価なのか」

2012年06月6日

●調査はされど、投資家は踊らず

このレポートの第13号「統合報告に向かう企業のディスクロージャー」で書いた調査報告が、下記にアップされた。

「企業における非財務情報の開示のあり方に関する調査研究報告書」

この調査と並行して経産省でもこの分野の調査を行ったので、こちらもご参照ください。

「持続的な企業価値創造に資する非財務情報開示のあり方に関する調査」

 

これ以外にも関連調査がいくつか行われており巻末にリストが掲載されているので、この分野の動向を全般的に把握するにはいい資料だ。

「投資家が活用する非財務情報」に焦点を置いた企業価値の評価や開示について各方面からのアプローチがあるものの、どれもその捉え方が微妙に異なることがわかる。弊社が関わったプロジェクトも投資家に照準を向け、IRの立場でESG情報がどのように扱われているかを調査した。

調査から得られた分析の要点は前出のレポートの通りで、この報告のデータなど皆さんで参考にしてもらいたいと思う一方、投資コミュニティや情報開示への現状ががっかりする状況であることもわかりちょっと残念だ。

 1)投資家の大多数はなお短期志向であり、ESGなど財務を補完する要因の議論が広げられていてもあまり関心が向いていない。

→IR担当者へのインタビューでこの質問を投げると、誰からも即座に投資家のビヘイビアへの否定的な答えが返ってきた。

 2)そのため、IRサイドも非財務の要因を積極的に投資家に説明していこうという意欲があまりみられない。

→決まった枠組み以上に自社の企業姿勢などを説明していこうというポジティブな発想がなくなってしまう。

これは投資家や企業のIR担当といった「プレーヤー」の意識欠如より前に、金融システムの制度的・構造的な根本問題だろう。システムに組み込まれている各人の努力では、どうにもならないのか・・。そんなことを考えていたところ、エコノミスト誌でも同じようなことを書いている。

 

「資本主義:絶滅の危機に瀕する上場企業」

このなかの「企業経営者は、こうるさい規制当局と要求の多い資産運用会社(原文はdemanding money managers)のコンビのせいで、長期的な成長に集中することができないと不満を漏らす。」という一文が、現状をよく表わしている。

投資家は上場企業というマンモスを槍と松明で崖っぷちに追い込んでおり、あと数歩で転落するところまで来ている。規制当局はこの時点に及んでも岩陰から監視するだけで、助ける道をつくろうともしない。マンモス企業はこの両者に気を取られ、このまま行けば崖から落ちるという事態にも気付かず歩き進んでいる。・・・エコノミスト誌の表紙がそんな状況を描いている。

資本市場が大変革しないことには、企業ばかりに開示努力を求めてもうまくいくわけではない。投資家からの非財務情報の開示要請がほとんどないなか、調査をしながら資本市場への不信が一層強まり、少しトーンダウンしてしまった。

●それでも必要な統合報告

といって、ディスクロージャーが不要なのではない。投資家というと運用会社を想定しており、資本市場を通さない投資家をあまり考えていなかった。上記の記事にあるように、非公開企業や国営企業など企業の形態は多様化している。株価しか見ない投資家だけが対象なのではない。対象を「経済的利害関係者」と言いかえればいいだろうか。

統合報告を経済面にフォーカスした内容の報告とすれば、CSR報告との区切りもつけられる。また、自社の価値を自らが説明するツールとしての意味を強調したい。外から見ているだけではわかりにくい会社の特徴を説明する手段として考えれば、その効用は十分ある。

ところで経済的利害関係者としてこの議論に一番積極的なのは、会計士グループだ。どうも標準化した枠組みの発想を変えずにESGを取り入れようとするのだが、監査法人が中心になるとディスカッションが途端におもしろくなくなり、何だかズレていくな、と感じるこの頃だ。読者には投資家や会計士の方もいらっしゃると思いますが、率直な感想なので悪しからず。

●サステナビリティ分野での経済価値評価の試み

一方で、サステナビリティ面の価値評価(valuation)をしようという別の動きが、ヨーロッパ企業によくみられる。ここでいう価値とは、企業全体の価値ではなくて、個別単位で環境・社会の価値を評価しようというものだ。社会価値と企業価値の両者を向上する“CSV”の考えが広がっている背景が大きい。

例えば、自然のもつ生物多様性の価値を経済面から評価しようというもの。WBCSD(World Business Council for Sustainable Development)のEcosystem Valuation プロジェクトで様々な手法を試みている。

また飲料メーカーのSAB Millerでは、ステークホルダーへの活動が自社の財務面にどう関連しているかという試算や地域に及ぼす影響の評価を行い、様々な角度から独自に経済貢献度を評価している。前者については、収益がステークホルダー別にどのように分配されたかを測る、いわゆるCSR会計を開示している。後者については、Oxfamと連携して途上国のサイトベースでの社会・経済評価を行っている。http://www.sabmiller.com/index.asp?pageid=114

サイトベースの評価は、地域への影響を全般的に把握することが中心で財務評価ではない。それでも経済的評価のステップとして、外部機関と連携して行っていることに関心が寄せられている。ちなみにこうしたケースにE&YやPwCなどの監査法人が入っているが、財務頭の人たちが規則ベースで考えるのとは違い、各社プロジェクトの状況ごとに対応していることが見える。測る対象にあわせて、モノサシの方を柔軟に変えていこうという工夫がおもしろい。