サステナビリティ倶楽部レポート

第13号「統合報告に向かう企業のディスクロージャー」

2012年03月1日

●統合的思考をどう報告で表現するか

昨年からアニュアル・レポートとCSR報告書を一冊にする、いわゆる統合報告を発行する企業が出始めた。統合報告は、国際統合報告審議会(IIRC)が2011年9月にディスカッション・ペーパーを発表し日本語訳も出ているので、これがきっかけとなって日本企業の間でも今年の報告書は統合版を考えよう、という動きになっているようだ。

今見られる統合(といわれる)報告の様式は、ざっと以下のようなものだ。1) アニュアル・レポートの中にCSRの記述を含める2) アニュアル・レポートとCSR報告を一冊にするCSR報告を発行しながらその一部を1)として記載することには新し味がなく統合報告とはいわないが、統合への移行プロセスの第一歩ということにしよう。

IIRCが取り上げているのは、CSRのことが書かれていればいいとか、冊子が一冊になる報告形式になっていればいいというものではない。経営のなかに様々な非財務の要因が組み込まれた「統合的思考(Integrated thinking)」に基づく報告を目指しているのであり、報告書以前に事業戦略レベルにさかのぼるものだ。市場価値のなかで無形要因(非財務情報)で説明される部分が今や80%に達している。非財務情報なしで企業の実態は説明できないのだから、アニュアル・レポートが非財務情報を組みこんだものになるのは当然な流れだ。

●現場は、「まずは形からか・・・」

今の制作担当の状況をみていると、「これからは統合版らしい。まぁそれなりの冊子をつくっておくか」くらいが多いようだ。もちろんすぐに統合報告の完成版を出さなければということではないので、時間をかけて発展させていけばいいものではある。

弊社では先ごろIR部門へのアンケートとインタビュー調査に協力し、IR担当者のスタンスを直接聞くことができた。そこからも、「統合報告」が確実に広まってきた事実を確認した。一方で、何をもって「統合」と考えるかの認識に定まったものがなくて、捉え方がまちまちなことも実感した。現況では、上記2)のようにCSR報告をアニュアル・レポートに合冊するといった形式的な捉え方をするケースがかなり多い。

これはCSR担当者よりもIR担当の反応で、要するにコスト削減から同じような冊子を一冊にしてしまっていいではないか、といったものだろう。またアタマで統合的思考がわかっていても、報告書制作担当者だけでできることではないので、自分の守備範囲でやれることに落とし込んで・・、という中庸な姿勢の結果だろうか。

●統合報告で自社の価値を説明できる

それでも非財務情報の開示に積極的な先行企業は、一冊するという形式としての報告よりも、まずは経営での統合的思考があってそれをどう表現するか、という課題に向き合っていることが伝わってくる。外からの圧力や制度上の枠組みとして開示するのではなく、非財務情報こそ我が社の企業価値を説明できる、という効果をわかっている会社なのだ。

統合報告をうまく活用しているケースは、まず自社事業の特性や経営の良さを説明・発信しようという姿勢が強い。アニュアル・レポートで、「我が社はこんな会社だ」という思いのところをメッセージで伝えようというものだ。この「思い」はCSR報告書で書いていることだが、これが事業の基盤と会社の特徴そのものであり別々の媒体で書くことが不自然ということでアニュアル・レポートに統合していこう、となっている。

ビジネスモデルが日本独自の領域やスタイルだったりと、外国人にはわかりにくい会社では海外を意識した内容にする先行企業もある。もともとアニュアル・レポートは海外投資家からのディスクロージャー要請から始まっているので、その流れをくんでいる。

そして戦略的CSRの視点から、サステナビリティ要因が企業価値の創造につながっている文脈を説明するというアプローチがもうひとつのケースだ。これは私がこれまで何度も繰り返しているのであらためるまでもないが、サステナビリティ戦略をCSRではなく事業の柱として経営者の視点で価値創造として位置づけている。

●IRとCSRの連携が大事

さて、統合報告の意義はわかるのだが、そのための実作業が大変だ。社内での報告制作の担当部門間のコミュニケーションが必要になってくるからだ。

もともとIR部門とCSR部門は相容れない仲だという会社が多い。IR担当は、財務のことばかり聞いてくる機関投資家が相手なのだから、直接的に経営の数字にはねかえる説明ができないものはNo thanksだ。そもそもIR部門とCSR部門、あるいは経理・財務部門とのコミュニケーションがうまくいっていない会社がいい統合報告を出そうといっても、実際は無理な話だ。部門間のコミュニケーションの問題は、経営トップが社内の風通しのよさや社外に向けた透明性の必要性をよく認識し、実践していなければ解決できない。

これに対して統合報告先行企業は、IR部門とCSR部門との連携が良好だ。経営トップがCSRを経営戦略に位置づけており、CSRは経営の基盤で活動を分離するものではないという意識がIR担当にも浸透している。数字ばかりの投資家に対し、自社の根本的なところをわかってもらおうと努力しており、IR部門が中心になり社内の連携をはかりながら進めている。

CSR部門はステークホルダーに向けた対応が主任務で、これまで機関投資家向けの意識が少なかった。投資家というとSRI投資家を考えるが、こちらは社会的利害の関心が強く経済的利害に注力する機関投資家とはビヘイビアが全く異なる。CSR報告の一部を原稿で渡し、アニュアル・レポートの後ろの方に差し入れるやり方では、機関投資家の眼に触れるような内容にはならない。

●社内での意識醸成のきっかけに

非財務情報の開示で先行する欧州企業をみていても、最初はCSRの扱いに戸惑いがみられたが、徐々にアニュアル・レポートでの記載や経営への統合が進んできた経緯がある。自社なりに時間をかけて「統合」してきた会社が、IIRCが素案でだした統合報告の大枠にはあっていないようだ、という意見も聞かれるほどで、欧州の先行企業がやってきた軌跡は日本企業の参考になる。

自社なりの報告であることが重要で、ガイドラインや枠組みにはめ込むものではない・・・。日本の先行企業もそこはわかっているので、是非日本的経営の観点から非財務情報の開示をするとこうなる、というモデルとなる報告をしてほしい。これから後を追う企業は、「ウチの統合報告、適当に見繕って作ってください」と制作会社に依存するのでなく、自社の戦略的CSRを経営に組み込むきっかけとしてほしい。

IIRCでの議論が始まったことで、アニュアル・レポート、CSR報告それぞれを漫然と発行していくか、という風潮を見直すきっかけになっていることはいいことだ。特にIRとCSR部門の連携をよくすることは、そもそも戦略的CSRやサステナビリティ戦略を経営のなかで推進するには必須のことだ。報告書という成果物を作成することよりも、報告の統合化をきっかけに社内の壁が取り除かれる効果の方が大きい。