サステナビリティ倶楽部レポート

[第99号] TCFDを対策の実践につなげていく

2019年11月8日

 

●曖昧で不確実な将来性と事業経営
気候変動が企業業績に影響することが明らかになっているため、投資家に向けた気候情報の開示への要請が進んでいる。その国際的な枠組みTCFD(Taskforce on Climate-related Financial Disclosures)への関心が高まっており、日本では関係官庁が集まってTCFDコンソーシアムを結成し、企業側の開示とともに投資家の活用促進を検討している。

気候変動の長期的な企業へのリスクなど、なかなか社内で真剣に検討して来られなかったことが企業の実情だろう。それが、TCFDに政府が力を入れ出したことから、企業にとって今とてもホットなテーマになっている。

中でも最も関心のあるところが、シナリオ分析とそれに伴う企業活動へのリスクと機会の評価だろう。
シナリオ分析は、将来の変化を予測しそれが自社の事業や経営にどのような影響を及ぼすかを検討する手法だ。今に始まったものではない一般的な方法なのだが、気候変動での適用で大きく知られてきている。シナリオの根拠となる長期予測は企業独自ではできないので、IEAやIPCCが出す2℃、4℃シナリオや同等の研究機関の科学論文を用いる。

●シナリオ=科学論文を拠り所にインパクトを想定
そんな中でサステナビリティ担当者の関心事となると、
 ・シナリオとして示される各種論文の内容はわかるが、事業への影響としてどう関連づけたらいいか、
 ・特にリスクとはどのくらいのことを考えればいいのか、
 ・これを事業担当者にどうわかってもらうか、
といった辺りだろう。そこで、今月の研究会ではこれをテーマに取り上げた。

この先気温が上昇したら〇〇になってしまう、といった発想は現状の経営思考ではとても生まれない。なので、専門家のいう予測状況が起きてしまった場合、というあくまで仮説のもとに事業へのインパクトを想定する。企業側としてはあまりに不確実すぎて敬遠されることだが、遠くのあり得ない話ではなく、本当にそうなってしまったらどうする・・、という事態が気候危機なのだ。

●気候リスクを経営に理解してもらう機会に
今回は実施している企業として、三菱商事の事例をお話しいただいた。同社はTCFDメンバーとして参画しており、日本では先陣を切って適用する積極性を示してきた。
TCFDメンバーになった経緯を伺うと、前任からの引き継ぎで「正直これは大変な仕事だが・・」と言われながら関わったのだそうだ。作業が大変というよりも、企業も投資家もとても賛同してくれないような内容だからだろう。

それが今では世界でも最大数の機関が支持を表明(194社)、特に事業会社の支持数が最も多いことが日本の特徴だ。こんな急変に、世界の関係者からはJapan Successと言われ注目されているそうだ。実際には、企業が気候変動に本気というよりも、“政府主導”の前向きなイニシアチブで広がったことが実状なのだが。

お話いただいて参考になったのは、TCFDの日本での広がりや社内でどのように進めてきたか、といった情報開示に至るプロセスや内部の状況など、表には現れないところだった。
特に重要なところは、リスク要素をどう社内の各事業担当にまで理解してもらうかだ。TCFDの開示は投資家向けのものだが、社内で理解が得られなければ机上の分析だけに終わってしまう。やはり「財務に影響する」ということを経営層が納得しなければ効果は上がらない。複数のシナリオを分析して事業ごとのインパクトを説明して回り、場合によってはかなり強い調子で必要性を訴えているという。

気候リスクを通常の事業リスクの中に入れ込められれば、あとは現状のリスクマネジメントの一環で進められる。現状ではまだまだ不確実性の高い将来の発生可能性なので、そこまで業務に落とせていない。例えば「対策のためには多大な投資が必要となり、それでは採算が取れない」、となればこれまでの財務の判断基準ではNOとなる。そこで「原材料そのものが入手困難になる」とか「災害の影響で操業が困難になる」といった、将来的な変動まで読み込む思考を持ってもらい、そもそも事業の継続ができない可能性まで考えるよう促すことになる。

●気候情報の開示に関わる課題
さて、企業活動に環境側面を取り込むことは重要だが、TCFDの現状を見ていると実際の環境負荷削減の活動や地域・地球規模での保全活動にはあまり繋がっておらず、本社内での分析に終わる方が多いようだ。もともと「財務へのインパクト」にフォーカスした要請なので、そこを期待しても仕方ないか。TCFDのために用意する予算や人員を実際の活動にも向けていけば、問題解決が進むだろうに・・などと思ったりする。

また2つ目の課題は、開示された情報を投資家がどれだけ有効に活用するだろうか、という観点で、資金の流れをサステナビリティの実現に結びつけられるかである。
こちらについては、TCFDコンソーシアムが「グリーン投資ガイダンス」を作成し、投資家の情報活用を促している。ガイダンスができることでこれに従った行動が進むだろうが、結局また枠に従ったやり方になるのだろう。

ワタシの感想では、多くの投資家はサステナビリティが業務に関わってくるから考慮しているのみで、地球の危機として気候問題に取り組まねばといったマインドまで変化している方は少ない。投資家主導より政府主導で進んでいる日本らしい展開が、世界で誇れるといえるのか、ちょっと疑問だ。

●市況が下落してもESG投資ブームは続くか
最後に、好調な株価を維持する現在の資本市場ではESG投資にも力を入れられるが、景気に陰りが出た時にこれだけのことが進められるだろうか。これは研究会でも質問が出たところだ。投資家だけでなく、企業側ももちろん。

現在の株価が経済の実態を表しているとは思えない。実際の経済成長や社会の実情はもっと悲観的だ。株価だけが高い実態が調整されてこれが大幅に下がった時、どれだけの投資家がESG投資は重要といい続けるだろうか。今の投資マインドでは多くは離れていくだろう、ということが私の予測だ。

IMF世銀は10月の年次総会で、これから全世界が同時に不況になっていくという予測を発表した。現状は既にリーマン危機後の最低成長率であり、今後金融危機の可能性が大きいといっている。日本では海外で公表される都合の悪いニュースをきちんと報道しないので、世界での緊迫感が伝わってこない。

地球規模の気候変動を考えるだけでなく、世界レベルの経済変動にも目配りを怠らないことです。