サステナビリティ倶楽部レポート

[第52号] 「ビジネスと人権」に関するよくある質問

2015年08月17日

 

●自己解釈に陥らないために

このテーマについて話す機会が増えてきた。

私の講演では、なぜ人権に取り組む必要があるのか”Why?”、どんな人権課題に取り組むべきか(=国際人権)”What?”を知ってもらい、国連が取り組んでいる趣旨を理解してもらうようにしている。

 

そこで国連指導原則(UNGP)の要点を把握することが大事なのだが、どうもこれを読み込んで理解している人が少ない。”How?”のところ、つまり「人権デュー・ディリジェンス」だけが独り歩きして、「やらねば」ばかりが先行する傾向がある。またキーになる用語のもたらす意味合いを考えずに、表面的に捉えていることも見受けられる。

 

国連の文書を自己解釈して「やっています」というのはまずい、という思いで著書を出したのだが、企業の皆さんの関心度合いや疑問が寄せられるようになったので、質問形式でフォローしてみる。

 

●よくある質問

Q. 「人権デュー・ディリジェンス(DD)」とは何をやればいいのか?

UNGPで突如現れた感のあるこの用語。だが言ってみれば、人権マネジメントの展開と同じことだ。では何やら新たに人権についてのマネジメントシステムを構築しなければならないのか、と思われそうだが、そんなことではない。

 

自社にとって重要な人権課題についてそれぞれのマネジメントを展開することで、既にやれているものはそのまま継続していけばよい。例えば、サプライヤーの労務課題が重要であればサプライチェーン監査とその対応、地域住民との摩擦であれば住民対話などコミュニティでの対応の仕組みなどである。

 

UNGPをきっかけにあらためて行うことは、まず人権影響評価をすることだ。これは人権課題の一覧をチェックしていくのではなく、1)自社の事業から影響を受けている利害関係者は「誰か」、2)彼らが問題にする侵害とは「何か」、を特定していく作業だ。日本だけに限ることなく、むしろ世界の高リスク地域で起こる問題に目を向ける。

 

この評価は、本社レベルだけでなく、問題になっている「サイト単位」での詳細な調査まで行わなければ現場の実状が見えてこない。だが実際に後者までやっている日本の事例は本当に少ない。

 

さらに重要なことは、利害関係者との継続的な対話とエンゲージメントを経営の仕組みに組み込むことだ。日本企業でここまで対応している事例は、上記よりもさらに少ない。

 

現状の日本企業は人権DDのほんの入口に来たところで、「やっています」と言ってしまうとかえって胡散臭くみえてリスクになる。欧米の先行している企業の間でも、完璧にできている企業などないのだ。上記UNGPのプロセスを踏まえ、自社が取り組むべき課題を整理してその対応へのロードマップをつくりつつ、主要な課題から実践を進めることだ。

 

Q. サプライヤーのどこまで対応したらいいのか?

サプライチェーンでのCSR調達への関心が広がってきた。電子業界など既に展開しているところもあるが、それでも多くは直接のサプライヤーにCSR調達方針を伝え、調査票を送って回答を得るまでの段階だろう。これをCSR調達第1ウェーブとすると、現在はそれが他業界にも広がり、また既にやってきた企業は、調査票だけでなくサプライヤー監査や査察に本腰を入れるという第2ウェーブに移っている。

 

そんな背景なので、サプライチェーンのCSR調達自体は全く新しいテーマではない。最近よく質問されるのが、「どのレベルのサプライヤーまで対応したらいいですか?」というものだ。これに対し、UNGPでは「取引関係によって・・・直接つながっている人権への負の影響(原則13)」と明記している。つまり直接はつながっていない二次以降のサプライヤーは、対象にしなくてよいことになる。

 

二次以降まで責任を持つという考えは、ラギー以前から問われたもので、その解釈を上記のように規定し直したことで産業界がUNGPを支持した背景がある。つまりUNGPに沿うといえば、一次サプライヤーのみに対応することを説明できることになる。

ただしサプライヤーや市民社会側は企業の責任をできるだけ広く問うので、現実には二次以降まで問われること直面するだろう。企業側にとっては、「UNGPに沿って、直接の対応は一次のみとする」といえるということで、どう判断し説明するかは各社で決めることだ。

 

ここの説明をすると、多くの方がホッとするのがわかる。

質問する方たちにはまだ一次サプライヤーにすら取り組まれていない企業も多く、それならば先の先まで心配せずに、まずは一次でやってみてください。

 

Q. ステークホルダーとの接点はどうしたらいいのか?

ステークホルダーという用語は一般的になったが、反面カジュアルに使われ過ぎる傾向がある。UNGPでは「影響を受ける(affected)ステークホルダー」といっており、限定した使い方をしている。「自社の事業活動から直接侵害を被っている人」であり、彼らとの対話と対応がエンゲージメントなのだ。これを明確にするために、「利害関係者」といった方がいいだろう。

 

例えばサプライチェーンの課題では、自社の社員よりも現地の斡旋会社から派遣されている労働者に問題が起こりやすい。こうした末端の利害関係者とアクセスすることだが、会社側の直接のコンタクトが難しい場合には、人権NGOや市民組織といった第三者が介在することもある。あくまでも利害関係者と向き合うことが基本で、単に名の通ったNGOと話せばいいのではない。

 

また、マネジメントシステムはできていても、苦情処理システムまでもっていないケースも多い。社内システムのプロセスの最後に入れることで、その要件は原則31に列挙されている。当然ながら、苦情を聞くだけでなく解決に向けて対策することまで含んでいる。

 

●グローバル経営としての人権マネジメント

皆さんの関心が、社内管理のための形式を整えようということだったら、上記はかなり厄介に感じることだろう。しかし、国連が出す文書を日本の都合だけで日本的に解釈していたら、この先どこかでいびつな状況にぶつかることは目に見えている。グローバル化する企業経営にはそれ相応のCSRが求められるのは必然だ。

 

以上の3つの質問だけでなく、まだまだ素朴な質問がいくつも寄せられている。また追って続編でお答えします。