サステナビリティ倶楽部レポート

[第50号] 途上国の発展のカギ: 「教える人」の育成

2015年07月3日

 

  • 経済発展への土台

「途上国」とはまだ経済が発展していない国を指すが、「発展途上」というよりむしろ「発展する仕組みができていない」国であることが実態だ。これらの国々が「新興国」に脱皮するには、自力で進展していけるだけの要素を持てるかどうかにかかっている。

 

いくら資金が入ってきても、その国で資金を有効活用していく土台がなければ使っておしまい。結局援助と寄付だけが頼りで、手を出してもらうだけになる。途上国が貧困から抜けられないトラップはここにある。

 

途上国が新興国に転換できる要素は何か。

自然資源、環境や地理的な要因、保有する技術、・・・等々、様々な要因がある。その中でも最も重要なものが「人材」だろう。国が発展するには有能なリーダーが不可欠で、これから成長をしていく初期段階にある国ではなおさらだ。さらに指導者だけでなく、国民一人ひとりの意識レベルも問われる。

 

5月に引き続き6月にもミャンマーに出張したのだが、今回現地の大学で特別講座の提案が実現し、私自身がこの国の教育にも関わることになった。ここまでの過程だけでいくつも気づかされることがあり、多くのことを学ばせてもらった。

 

  • おカネ、技術、能力向上・・・

大学への提案に先立ち、ビジネス関係でいくつかの機関の方々とお会いした。

私は環境保全やCSRを込めた話でいくのだが、彼らが期待することはまずはおカネ。地元のビジネス団体とのミーティングでは、「環境のことはいいから、ビジネス(商売)の話をしよう」とあからさまに言われた。想定はしていたが、やはり残念。

 

その次の期待が「技術」。

ノウハウといったものまで含むのだが、ともかく何かハイテクな機械とか装置といったハードを導入しさえすればそれで潤うと思っているようだ。技術は形のないもので、自分達で活かしていく素地がなければ回っていかない。見えるモノにするためにエンジニアの地道な努力が裏にあるのだが、こういう人たちはそこまで考えていない。

 

もう少し話していくと、capacity building(能力向上)をしてほしいともいってくる。

社員や地域の人々に、技能や知識を教えてもらいたいというものだ。研修や教育プログラムを提供してもらえば、人々のスキルがあがると考える。ところが、研修プログラムひとつをとっても、海外でやっていることをそのまま持ってきて効果があがるものではない。現地のインストラクターが、その国の特徴を踏まえて改良していく労力が欠かせないのだ。

 

  • 40年鎖国していた国

ミャンマーは長く軍事政権が支配しており、その間欧米諸国は経済制裁策をとってきた。現地の商社マンにいわせると「40年間鎖国をしてきた国」。軍事政権下では、経済の制約だけでなく市民には思想や生活環境での自由が抑えられていたので、自分から何かするという姿勢がどんどん排除されていったという。

 

その方向が急展開、現在は経済発展を軸にした政策が主力だ。ところが資金は何かと入ってきても、それを有効に活用して発展につなげる人材が十分でない――、これが今のミャンマーの状況だ。

 

敬謙なニホン人は、そこを何とか助けようという気持ちになる。私にもそんな思いがあり、ミャンマーの大学での講座提案に乗り気になった。

 

  • 統制されていた大学の再開

私が訪れたのは、ミャンマー第二の都市であるマンダレーの郊外にあるヤダナボン大学(Yadanabon University)だ。学部生中心に生徒数2万人の大規模な学校だ。軍事政権時代には、大学が反政府運動の拠点になるため、授業の一時閉鎖やキャンパスの郊外移転、学部毎の解体といった政府からの統制が全国に及んだ。このため大学教育がかなり分断されてしまい、今でもその影響は残っている。

 

授業を拝見させてもらったところ、内容は基本の教養教育で日本の中~高校レベルくらいだろうか。教科書に従って先生が黒板を使いながら生徒に教える、といいう学校スタイルで、理系の学部では化学や電気の基本的な実験を皆でやってみる、といった調子だ。まだイギリス統治下の時代を思わせるところも多く、例えば英語教育で使っている教科書にはロンドンの地図やイギリスの制度が取り上げられており、コンテンツがかなり古く偏っている印象だった。先生方も、自分達で授業内容を企画するというより、政府がつくる仕組みのなかで認可された教科書の内容を学生に伝達する、といった構図だ。

 

私が提案する内容は、企業のCSRや社会起業の特別講座なのだが、今の大学でのカリキュラムとはあまりにもかけ離れてしまう。もう少し基盤ができていないと・・・。

日本の大学で講座を行う場合、学部生ではなく大学院向けの講義しか受けない。このレベルの学生に環境政策や企業の話をして、どれだけわかってもらえるか・・・。

 

そんな思案をしていると、学長先生から「教師陣に対して講義をしてもらえるとありがたい」というお言葉。この学長は東大でPhDを取得しているので日本の教育レベルをよく知っており、両国のギャップを一番わかっている。だからこそ、「国の制度でがんじがらめになっている今の大学教育に、何か新しいやり方を取り入れたい」と考えていることが伝わってきた。

 

なるほど、その時の関心だけで終わってしまう学生を集めても、砂漠に水を撒くようなものだ。教室で授業を担当する先生たちの意識を高め、知識を持ってもらう方が効果は大きい。こうした国では、人材を開発する教育者をつくってこなかったため、教育プログラムを自分達で考えられないようだ。人材育成のステップは、まず「教育者の育成」が必要なのだと気づく。私たちの特別講座は既存の枠にとらわれる縛りはないので、対象を先生方に向けるというチャレンジがあっていい。学長は、新しい発想を外の人に望んでいる・・・。

 

  • 自分で考え行動する意欲を刺激する

というわけで、一晩考えた後翌日また先生方に集まってもらい、教師向け講座の企画を提案したところ、皆さんの顔色がパッと明るくなった。学部間の壁も厚いようで、普段から教師同士のディスカッションなどもないようだ。といって意欲がないわけでなく、自由討議の際には環境問題など、いろいろな質問が出てくる。ひとつひとつ私なりの回答をしていくと、答えてもらえることが面白いようで、自由なディスカッションの場を持つことが貴重なようだ。

 

さらに私に質問すれば何でも教えてもらえる、という依存姿勢もまずいので、「環境問題は皆さん自身の問題。ここに住む皆さんで考え、行動する姿勢で臨むように。」と促す。一同大きく頷いてくれ、随分と前向きな空気を感じる。先生たちも考える機会がほしく、自分達が変わりたいのだ。

 

この提案を受け入れていただき、これから3月までの年度内に何回か訪問して講座を開催することになった。「教えてもらう」講義だけでなく、グループ討議や自主スタディなどを盛り込んでいきたい。教育者が考え、行動するようになれば、それが学生そして市民に伝わり広がるはずだ。

 

私にとっても未知の試みだが、とても希望の膨らむチャレンジだ。

大好きなミャンマーの発展のために。