サステナビリティ倶楽部レポート

第29号 「人権マネジメントの実務展開の前に」

2013年08月26日

●企業が責任として問われる範囲の整理

今回は、企業の皆さんがこれから人権に取り組むうえで、どんなことを知らなければならないかの留意点を補足しておく。

まず知っておかねばならないのは、国連指導原則のポイントだ。

報告書でも書いているポイントのなかで最も重要なところは、企業の責任範囲(責任はどこまでなのか)の基準を明記していることだ。ここをきちんと理解しないまま、人権デュー・ディリジェンスだの影響評価をしようとしても、手がつけられない。

人権分野でわけがわからなくなるのが、サプライチェーンのどこまで対応したらいいのかだろう。これまでこの世界では、「影響の範囲(Sphere of influence)」という用語が使われ、影響があるとみればどこまでも、という含みだった。NGO側がそう主張するのに対し、どこかで線を引きたい、しかもできるだけ会社の近くに、というのが企業側の本音だ。

国連指導原則は、企業の立場を取り入れた形になる。自社の責任は、直接侵害を起こした場合という意味のインパクト(impact)だとしている。平たくいえば、その先の法的責任は問われないという法律用語だ。Influenceでは、どこまでも広がりをもってしまうため、国連指導原則は線引きをはっきりさせ、企業の責任を限定している。日本語ではどちらも「影響」と訳されるが、両者それぞれが規定する範囲が企業実務に及ぼす度合いは大きい。そこで調査ではimpactをインパクトと呼び、影響と区別している。

このように責任についての用語に周到な注意を払っているところは、ラギーの策定チームが法務の専門家集団であることによく表れている。プロセスもマルチステークホルダーの合意を取り付けているが、ISOのように投票制ではないので策定側のロジックで筋を通しており、ブレが少ない。人権課題への対応は、権利の主張に対して相手の支持を得つつも企業側のリスクを最小にとどめる、という防衛策であることが国連指導原則のベースにある。

ラギーフレームが企業側からも支持されているのは、このように事業リスクの点にたって範囲を最低限にとどめたからだ。インタビューした会社から「会社にとって使い勝手がいい」との評価が多かったのも、CSR担当者が経営の観点で説明しやすくなるからだといえよう。

実際には、企業はそれさえやればいいのではない。むしろ原則ベースしかやっていない企業なぞ、信頼されない。自発的にもっと高いレベルをやるべきで、規定以上やっておけばその差分は会社の評判につなげられる。他社より抜きんでた差分はプラスの機会であり、そこは多いに強調したらいい、と彼らは考える。

●社会とギャップがあるのは当然

責任範囲を絞った反面、企業に課されたのがデュー・ディリジェンスの実施だ。企業には新しい用語でちょっと面食らうが、各分野で行われているマネジメントシステムの推進と同じことなのだ。

そうわかると、「あぁ、では方針を作って影響評価をやってPDCAの仕組みをつくればいいわけか」と何だかわかったようになる。しかし、仕組みをつくることが目的になってはまずい。社内のうんざり感や抵抗力は容易に想像できる。管理システムの運用を進めるにしても、新たに人権システムをつくるということではなく、既存の各種システムとの兼ね合いで足りない部分を補強するというものになる。

実際の新興国ビジネスでは、人権問題のギャップだらけだ。この現状に目をそむけず、溝を埋めるためにジレンマを抱えながら努力していくことなのだ。ギャップにも様々なタイプがあり、例えば以下のような三つが考えられる。

・ 日本の認識と国際社会の理解のギャップ

企業のなかで人権問題は、人事部の所轄だ。現在日本企業が認識する人権の多くは、社内の従業員それも日本国内の雇用・労務分野の扱いだ。そしてそこで認識されている課題とは、パワハラ、セクハラなどのハラスメントや差別問題、それに同和問題といった日本人同志で合意された限られた人権だ。これが国際社会になると、状況次第でいかようにも引っ張り出される。グローバルで事業する以上、柔軟に解釈するアタマが必要だ。

・ 国内法と国際法のギャップ、および 遵法性と人道性のギャップ

この二つについては、第24号「Beyond Compliance」の意味あいを参照。

●ステークホルダーとジレンマを共有する

マネジメントシステムをつくって社内で徹底しようにも、限界がある。まして問題が起きる現場はサプライヤーでの懸念が大きい。

そこで対応策として出てくるのが、ステークホルダーとのエンゲージメントだ。ギャップをお互いに認め、一企業としてやれることのジレンマを認めてもらいながら、その溝をどう埋めていくかを共同作業でつめていくことだ。ここが日本企業には一番苦手なところだ。

日本企業が日本のなかで日本人同士とやっていく際の進め方は、皆さんもうわかっている。これからのステークホルダーエンゲージメントは、慣習の異なる多様な地域で、そこでのやり方を知り理解してもらうための手段だ。日本の皆さんもデュー・ディリジェンスの要請に惑わされず、新興国ビジネスでの人権課題の現状に目を向けてほしい。

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※「バングラデシュの今」を伝えるレポートをアップ

http://asianow.sotech.co.jp/bangladesh-now/bangladesh-report/

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