サステナビリティ倶楽部レポート

[第54号] ビジネスと人権における弁護士の役割

2015年11月14日

 

●重要なプレイヤーである弁護士

これまでのCSRの領域に比べて、ビジネスと人権の分野では重要なプレイヤーの一人が弁護士であることが特徴だ。そもそもジョン・ラギーは、この課題を法務的観点で企業経営に組み込み、企業弁護士の意識を喚起して実務のなかに落としていくことを狙ってきた。法曹界がリードをして、ハードロー(法規制)でなくソフトローで解決するというコンセプトで出来上がったのが国連指導原則(UNGP)なのだ。

 

今や世界ではソフトローがブームだ。UNGPが「原則」であっても、世界では実務上取り組んでいくべき枠組みになっている。日本にソフトローは馴染みにくかったが、その流れを取り入れるようになってきたので、実効力をもつよう取り組むことだ。とはいえ、弁護士が実務で展開するには解釈の多様化など、実際にはなかなか簡単にはいかないようだ。

 

●弁護士に期待を寄せるラギー

そのコンセプトを実務でどう展開するか、そこで弁護士の役割が問われる。

国際法曹協会(IBA: International Bar Association)ではビジネスと人権の部会があり、IBAガイダンスについても検討が進んでいる。ガイダンスの背景には、ビジネスが関わる人権リスクが事業のうえで問題になっており、日本よりも経営リスクとして認識される状況が進んでいることがある。人権への取り組みはもう倫理的、人道的な観点ではなく、弁護士が扱う事業リスク業務のひとつになっている。

ところで日弁連のCSR部会がビジネスと人権のガイダンスを出しているが、これはIBAガイダンスと整合したものではないそうだ。

 

今年のIBA年次総会では、コフィ・アナン元事務総長とジョン・ラギー教授を招いて「ビジネスと人権における弁護士の役割」のパネル討論が行われた。私は参加していないが、ウェブ上でこの討論の映像を見てみた。

 

ラギーの発言のうち、実務に関わるものを拾ってみよう。

・マテリアリティは従来経営へのインパクトのことを指してきたが、ここでは影響を受ける人々へのインパクトが重要だ

・サプライチェーンでの取り組みについて、まずは全体をマッピングして上流まで遡ってどんなサプライヤーがありどんな課題に自社が関係しているかを知ることだ。しかしこれらの事業者すべてにモニタリングできるわけはないので、関係の強いところに対応していく

 

サプライチェーンの対応について、UNGPでは影響を及ぼせる事業者への対応に言及している。ラギーは実務上で現実に受け入れられること、つまり経営のなかに組み込める場合に絞った。こういうところに、UNGPが弁護士のリードでできたことが見て取れる。

 

なお、中国政府がUNGPを域外の鉱山業に適用することを進めており、ラギーはこのことを高く評価している。日本人の感覚では、実際の操業でさんざん違法なことをやっている実例をみて何もできてないじゃないかと思うが、国家が取り組む意思を示してコミットすることに意味がある。このように外に向けて表明することの重要性を、日本政府はもっと理解した方がいい。

 

●対応の発展ステージ

討論は企業側が参加するセッションもあり、鉱山会社の担当者が「人権は事業でもはや必須の課題だ」と発言するなど、実務上のリスクへの対応に話題が移った。

社内組織では、人権担当をCSRの一つとして経営トップを含む機構のなかに組み込んでいるところが、日本より進んでいるところだと思えた。

 

ただ一方で、セッションに集まるような専門家集団の外に出れば、まだまだ一般での意識は低いとつぶやく。アナン氏は、製薬会社のCEO相手に人権の重要性を話したところ、自身はあまりピンとこなかったが若手社員に話すと非常にモティベーションが高まることに驚いた、というエピソードを話していた。年寄りのCEOより、若者の方がよっぽど世の中の流れを肌で感じているのだろう。

 

最後に、UNGPの策定に関わってきた弁護士が示した以下4つの発展ステージが、参考になる。

  1. 侵害は国家の失敗によるもので、我々は何も悪くない(=何も責任がない)と考える
  2. 自分達の責任を理解し対応を始める。まず弁護士に相談するがハードローでは対応しきれないことなので、自発的に取り組む
  3. 課題を内部化して管理システムとして組み込む
  4. 自社だけでなく、業界等での標準的なモデルをつくり広げる 

弁護士はこのような発展を促すよう支援し、意識を高めていくことだといって締めくくった。

 

●新興国リスクとしての認識

人権侵害が起こっている新興国でのビジネスは、日々ますます重要になっている。そこで起こっている労働問題、地域住民との摩擦などの問題がすべて「人権」問題であり、経営を脅かす要素となっている。これが顕在化した時、弁護士業務にも「人権」が一般語として挙がってくるだろう。そこで活躍できる弁護士は、新興国特有の事情に詳しく、ソフトローの解釈で対応できる専門家だ。日本企業がいつまでもこのリスクに気づかないでいると、こうした国際派の専門家も生まれてこない。