サステナビリティ倶楽部レポート

第44号 「国連ビジネスと人権フォーラム2014」

2014年12月26日

ビジネスと人権の世界は、国連指導原則をベースとして年々展開している。その動向を知ることができるのが、国連ジュネーブ本部で開催される「ビジネスと人権フォーラム」だ。今年も12月1~3日に第3回が開かれ、参加してきた。

 

誰でも参加できるこの会合は毎回参加者が増え、今年は2000人の登録があった。マルチステークホルダーの構成で、様々なテーマのセッションが同時に行われており、私は企業よりのテーマを中心に参加してきた。

 

●法的拘束性のある国際条約になるのか

今年の焦点は、国際条約として法的拘束力をもたせるべきか、という論点だった。6月に人権理事会でその論議をする決議が採択されており、展開がスタートしたのだ。フォーラムの最後を締めくくるセッションでは、この必要性を強く主張するエクアドル政府代表とNGO側からのアムネスティ・インターナショナルの存在感が圧倒していた。フォーラムの議長もそれを支持するような姿勢で、会場からビジネス側の意見があっても退けがちの扱いだった。

 

企業との対立を解決する策を時間をかけて探り、法規制でなく原則という形でまとめあげたラギーの努力はどうなるのか・・。そんな思いでパネル討議を聞いたあと、ジョン・ラギー氏がこれに対応するスピーチを行った。私の心に残った論点は、以下の2点だ。

 

・実際の人権侵害はローカルな零細企業の場で起こっており、多国籍企業だけを規制対象にしたところでカバーできない。

・今や世界の主要企業は先進国企業ではなく、インドや台湾、中国といった新興国の企業だ。こうした国籍の企業に法規制をかけていくことにどれだけ実効力があるのか。

 

ラギーのスピーチには「想い」が込められていたし、よく筋が通っていた。しかし彼はもう引退した立場だ。この内容を支持していく現役の推進派は登場ないままだったので、最後のセッションが終わっても何となく先が見えないもやっとした閉会だった。これまでの経緯が覆されてしまうのか、ともかくこれからの大きな論点となり、次のステージになったことは間違いない。

 

●広がる国家行動計画の策定

国連指導原則を進めるために、各国が国家行動計画(NAP:  National Action Plan)を策定する動きも着実に広がっている。当初は欧州各国がEUの政策に位置づけられたことから進めていたが、今年は9月にアメリカも策定を発表した。

 

ほかに韓国やマレーシアなど、アジアでも着手しているということだ。韓国については、たまたまあるセッションで隣りに座っていた方が韓国政府の人権委員会の担当者だった。その策定のために来ているそうで、NAP策定の手引きの韓国語版らしき資料を机に置いて、講演のメモに余念がなかった。

 

NAPとは、政府がこのテーマにコミットすることを表明するものだ。さらにその策定プロセスが重要で、政府関係者だけで作るのではなく、市民組織や労働者団体など関係するステークホルダーが参画し、協議を重ねていくことがポイントになっている。

 

翻って日本では、これだけ国連が力を入れて企業行動にも影響する議論を進めているのに、何も動きがないままだ。政府レベルでの関与がない状態では、企業が先んじて取り組むことも実際には難しい。NAPがあればいいのではなく、その必要性に向けて産業界や市民社会で意識を醸成していく気運をつくることが大事になる。それも日本国内の感覚ではなく、国際社会で起こっている人権侵害が今の企業経営や日常生活に関わっている、という意識を。

 

●「利害」のある「関係者」との現場レベルでの協議

数あるテーマのなかで、おもしろいと思ったものが企業とNGOとのエンゲージメントのセッションだ。ここでは、各社が抱える人権課題について、特定のNGOと個別連携することで問題を深く掘り下げて協働で解決する、という4つの事例が報告された。

 

例えば、ブラジルの資源会社ヴァーレは国際人権NGOの Human Rights Watchをパートナーとして、モザンビークの鉱山サイトでの侵害の実状を調査し、その改善を進めている。NGOが入るのは、現場で侵害を被っている利害関係者からの聞き取りをするうえで、第三者を関与することが必要だからだ。ここにNGOを入れることで、外部の眼からの信頼度もあがる。

 

いくつかの関連のセッションを参加して感じたことは、ステークホルダーといってもいわゆる一般名称ではなく、会社の操業に影響を受けている「利害関係者」と直接対話をし、侵害の起きている現場で関係をもっていることだ。直接コンタクトすることが難しい場合には、専門家やNGOといった仲介機関をうまく活用する。現地の問題を深く掘り下げる協議なくして、エンゲージメントとはいえない。

 

今人権対策に取り組み出した日本の企業をみていると、本社レベルでの人権課題チェック以上は進んでいないようだ。そのうえで大事なことは、高リスク地域での操業に目を向けることで、そこで現場レベルの調査まで踏み込んで実態把握することだ。

 

 

ジュネーブの国際会議の環境に3日間浸っているだけでも、日本ではわかりえないインターナショナルな縮図が実感できる。頭で考えるばかりでなく、「国際人権」とはどんなものなのか、理屈抜きに感じられるフォーラムの場に行くことをお薦めする。来年は11月の開催とのことで、どうぞご予定ください。