サステナビリティ倶楽部レポート

第19号「ステークホルダーの生きていく権利」

2012年09月12日

●従業員だけでなくステークホルダーの権利

前号「新興国リスクとして深刻化する人権課題」では、人権課題のうち労働に焦点をあてた。労働に関する人権リスクを経営上のリーガルリスクの切り口から入ってみたが、これは日本の会社内で人権を語ろうとすると、国内労務関係の処遇差別やセクハラ、そして同和問題に限定されてしまう現状から、認識を広げてもらうためだった。

昨今の労働の人権課題は、新興国でサプライチェーンを含めた現場で起こっている労働問題にあり、リーガルリスクから説明することで経営の問題ととらえられる。

さらに人権に含まれる範囲は労働だけでなく企業を取り巻く様々なステークホルダーにまで及び、その人たちの「生きていく権利」が問われる。日本企業の間ではそこがなかなか理解されないが、CSRと人権を考えるには重要なので、今回は労働以外の様々な人権についてみてみたい。

●地域住民の生きる権利

ステークホルダーとしてまずあがるのが、操業地域の周辺住民だ。
この人たちが生活していくための権利侵害が、企業の責任として問われている。
本レポートの第12号「操業のための許可」で取り上げたコカコーラのインド工場での地下水くみ上げによる周辺の水不足の事例は、人権問題の典型例としてよく話題になる。

企業は一体どんな人権まで考えなくてはいけないのか。ビジネスと人権の指針となる国連「ビジネスと人権の指導原則」(2011年発表)では、「国際的に認められた人権」が最低限といっている。
これは、世界人権宣言で規定している30条の基本的人権とILOの中核的労働基準だ。
これまで問題にあがっている企業による人権侵害の事例をこれに照らしてみてみると、以下の3つにまとめられる。

  1)自然資源へのアクセス
  2)健康・医療へのアクセス
  3)先住民族の社会・文化権

コカコーラのケースは、この1)にあたる。2)は製薬会社やヘルスケア事業に特有で、途上国での貧困や衛生問題に関係する。製薬会社のビジネスモデルは開発した新薬を特許で囲い高い値段で販売することであり、AIDSなどもっとも薬が必要な貧しい市民が手の届かないビジネスをすることに批判が寄せられている。3)は資源開発の際、鉱山の採掘などで問題になる。

●製品やサービスを通した消費者や生活者の権利

次のステークホルダーとして、消費者や生活者があげられる。最近問題にあがっているのは、コミュニケーション技術の革新的な発展により、便利になった半面その利用者が侵害されていることだ。
グーグルが中国で検閲を受けたことが話題になったが、このようなインターネット上の言論の自由も重要な人権課題として扱われている。

この場合は、個人や企業の問題というより対政府との動きであり、かなり政治的で入り組んでいるものだ。また差別的な広告の表現で人権が侵害された、といったことも問われる。これまでもよく問題にあがってきたので新しいことではないが、市場が新興国に広がっている今日ではその反応も多様化しており、従来のケースとまた違った配慮を考えないといけない。

●紛争地域での人権問題も無視できない

また事業のグローバル化が一層広がるなかで、統治が不安定な地域での操業に事業戦略上の重要性が高まっている。
紛争地域などカントリーリスクの高い国での事業展開が避けられないため、紛争に伴って生じる人権課題に巻き込まれることが現実化している。

これはビジネスリスクなのでCSRの範疇と考えないことが多いようだが、両面からとらえないと対策面で十分な解決策がとれない。先ごろ紛争鉱物問題についてのSEC規則が成立した。今やSECへの報告は義務となったが、何でこんなことをやらなければいけないのかと思う人も多いだろう。

その背景にはコンゴという紛争地域での人権侵害があり、そこに企業は間接的にでも関わる責任があることを認識しておかなければならない。適当にやり過ごしておくとあとで問題を起こしかねない。

これについては、アメリカのNGOが企業の対応状況を調査し、先日これをランキングして公表した。

日本企業の対応が随分遅れており、特に任天堂は0点で最低。この調査結果を報道したCNNの記事では、任天堂にコンタクトした返答が「製品の製造や組み立てはすべてアウトソーシングされており、最終的に製品に使用される原材料については直接関与していない」、「グローバル企業として真摯に社会的責任を果たしているし、製造パートナー企業も同じく責任を果たしてくれると期待している」だったといっている。
http://edition.cnn.com/2012/08/16/tech/gaming-gadgets/congo-blood-phones-report/index.html

CSR担当者ならおわかりだろうが、これではまずい。まずスコアが0点というのは、この調査に協力しなかったということで、「ステークホルダーの関心に対応しようとしている」姿勢がみられない。
さらにCNNからの問い合わせに対しても「そんな先の先まで責任もてるわけないじゃないか」と自社の理屈で突っぱねていて脇がアマアマ。NGOから次のターゲットにされそうで・・・。

といって、何でも一律に対応すればいいというものではない。これには中南米の鉱山経営に関わっていた商社の方のお話が参考になる。
以前は欧米の経営だったこの鉱山がその後日本企業の操業に変わってから、従業員やコミュニティへ尊重の経営がぐっと進んだ。
昔はかなりひどかったそうで、今は日本のやり方に感謝されているという。
うまくいっているところに、欧米主導の人権マネジメントがいいなどとかき回さないでほしいというのだ。確かに。

指導原則には紛争地域のことが随所に書かれている。多国籍企業に人権対応を求める根本は、アフリカや南米で欧米が散々現地の人権を侵害してきた歴史の裏返しでもある。国と企業が一体になって搾取を繰り広げてきた背景を知った上でこのビジネスと人権に取り組まないと、かえって反発を買うことになる。

●日本でも問題にすべき人権侵害

では日本ではステークホルダーに関する人権問題は起こっていないのだろうか。
いや日本でも人権問題は山積みで、その典型は原発事故の被災者だ。事故によって避難や移住を余儀なくされている福島県民。
「居住の自由の権利」がこれだけ侵害されているにもかかわらず、日本では人権問題としてはあがってこない。

住民を保護する国家の義務がきちんとされているのか。事故を起こした東京電力は、住民に対して人権を尊重する責任を果たしているのか。そして、住民を救済する苦情処理メカニズム(これにはその対策まで含む)が関係者でつくられ機能しているか。
全てに対して十分ではないし、これを回避しようとすらする姿勢。これだけ明らかで甚大な人権侵害がそれとして認識されていない。

日本は問題あれば政府がよく機能していたので、個人の人権が脅かされるということがあまりなかった。また共同体を重視していて、自分のためでなく他人のために協力することをよしとし、何でもすぐ他人のせいにしない、という意識があったことも大切だ。
しかしこれだけ大きな問題について、果たすべき義務と責任をあいまいにしていいわけではない。
この認識がないまま海外の操業を続け、我が社は社会的責任を果たしている、といい続けるととんでもないところから火の粉が飛んでくる。ビジネスと人権は、これからもっと掘り下げて対応していかなければならない。