サステナビリティ倶楽部レポート

[第90号] コレクティブ・インパクト: 自社だけで抱えることではない

2019年01月29日

 

●異なるセクターから集まったコミットメント
ステークホルダーと生産的な関係を築くことが重要だといったことは、もうあちこちでいわれていて改めて書くほどではないだろう。だがステークホルダーといわれると、「社会にいいことをやっていく相手」という類のものが多く、社会全般というくらいのカジュアルな感がある。企業の活動が社会にプラス面ばかり提供できているならばこれでいいが、そんな都合のいいことばかりではないのだ。

産業活動そのものが環境・社会問題を生みだしてしまう場合、それは企業だけでは解決できない。まして一企業の努力だけでは構造的にはどうにもならない。政府の政策がないなら企業の立場でやれないのは仕方ないではないか・・、そんな声も聞こえてくる。

こうした袋小路の社会全体の問題を解決していくには、自社だけで何とかしようと抱えるのではなく、企業の活動枠にこだわらないで業種・業態さらに産業の枠を超えた市民組織やNGOなどと協同した行動に広げていくことだ。SDGsの17目標の「パートナーシップで目標達成」はそのことをいうもので、様々な機関との連携は今いわれていることではない。

SDGsが「みんなで社会にいいことをしよう」的なキャンペーンになりつつあるので、17目標もいろいろあることの一つ「みんなでやればいい」くらいの感じにしかみえない。社会の変動は市場の大変革をもたらして、事業活動がこのままやっていけるかどうかの事態になっているのに・・。

そんななかで、今月号のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューが「コレクティブ・インパクト」を特集にして企業と社会の解決策を示している。コレクティブ・インパクトとは「異なるセクターから集まった重要なプレーヤーたちのグループが、特定の社会課題の解決のため、共通のアジェンダに対して行うコミットメント」だ。これはCSVを提言したマーク・クラマー氏がその実践のために推進しているアプローチだ。CSVはポーター教授が生み出したようにいわれているけれどあの論文は協同執筆で、実際はクラマー氏が推進している。ポーター教授は冠だったわけだ。アメリカでは、CSVとかサステナビリティとかソーシャルとか決まった言い方を広めるよりも、実質的なコンセプトとその方法を自分で作り出し、自らの言葉で実例を積み上げて広げるほうが彼ら流なのだろう。

コレクティブ・インパクトの要素として、1)共通アジェンダ、2)共通の評価システム、3)相互に補強し合う活動、4)定期的なコミュニケーション、5)活動に特化した「支柱」となるサポート、をあげており、ここで集まって行動していく仕組みを「エコシステム」と呼んでいる。エコシステムとは、これに限らず似たような仕組みをさす用語としてよく聞かれるものだ。自然の生態系のように、様々な立場が参画することで成り立つという意味が込められている。

コレクティブ・インパクトの内容はステークホルダー経営、サステナビリティ戦略などとさして変わったことではないが、それらをハーバードが(今までの言葉とは違った呼び方で)言うことで日本企業は聞く耳を持つのだろう。

●生き残りをかけて社会との連携が必須
この特集号で私が最も注目したいのは、トヨタの寺師副社長へのインタビュー「トヨタは、生き残りを賭けて、協調し、競争する」だ。同社は1年前に「モビリティカンパニーヘ変革する」と宣言し、自動車づくりにこだわってきたビジネスモデルから「未来のモビリティ社会」を実現する会社へと大きく舵を切った。この背景が100年に一度の自動車業界の大変革で、そのバックには地球温暖化や高齢社会における移動手段の確保といった社会的課題の増大がある。この対策のためには、業種・業態、民間の枠を超えた協調が必須だといっているのだ。本誌ではテクノロジーや事業上の他社との連携の話が中心だが、企業以外の他セクターとの協同も視野に入れていることがうかがえる。こんな怖い目つきのエンジニアリング最高責任者が社会も見据えた連携を公言しているとは、大きなイノベーションだ。

ここには社会にいい、といった柔らかな姿勢はない。世の中のニーズが変わればそれに準じてモデルを変えていくことが自分たちの使命だという。「勝つか負けるかではない。生きるか死ぬかだ」と言い切ったトヨタが生き残りのためにとった策が社会だという真剣度。サステナビリティ要素が事業の中核に迫っていることなのであり、クルマだけでなくあらゆる産業にいえることなのだ。

●サプライチェーン問題をコレクティブに解決
先日開催した弊社の研究会では、イギリスの小売業が参加するタイ水産加工労働者についてのコレクティブ・インパクトが話題になった。味の素のサプライチェーンでの取り組みをうかがう中でお話しいただいたもので、コレクティブなプロジェクト「Issara」の事例だ。水産業者の人権問題は2014年に明らかになったものだが、この解決に向けて欧米政府の圧力がタイ政府との連携に発展し、小売業者を中心に政府も参画する官民連携だ。企業はこの協同の活動に参加することでデューディリジェンスの主要部分が果たせることになる。

水産現場の移民労働者らにスマホアプリを提供し、情報提供及び通報の通信チャネルを確立する。コストを抑えて彼らの活動を監視することが可能で、人身取引や強制労働も低減できる。またホットラインとしても使えるので救済の手段ともなり、労働者の声を直接集められリスクや問題が発見しやすくなる。運営組織はNGOとしてまとめており、これらの上がってくる情報を整理して必要なアクションを企業に伝達する。これまでサプライチェーン対応といえば現場の監査が中心だったがこれでは労働状況のモニタリング、苦情受付の判断などが非効率でコストもかかって様々な問題が上がっていた。デジタル技術の導入により、モニタリングの問題が大幅に解決している。

このような仕組みの構築は一社だけでは到底できない。複数企業が連携することで企業単独では負担の大きかった難点が改善された。また現場との連絡や状況把握、質問への対応などの労働者サイドの実態コミュニケーションが密に取れるようになり、これまでに6000人以上の労働者の労働環境改善につながったという。これまでもマルチステークホルダーイニシアティブは様々なケースで組織されてきたが、この事例はコレクティブ・インパクトとしての好例で、仕組みの問題を刷新する革新的なモデルとして社会的なインパクトを多大にしている。

●ルール形成の主要なアプローチでもある
コレクティブ・アプローチは、政策へのアドボカシー活動の面でも重要になっている。欧米特にヨーロッパでは政策の形成過程において市民の声を十分に取り入れるべきとの姿勢が強く、無視できない存在なのだ。それには少数の声よりもまとまった意見であるほうが影響力がある。数だけでなく、異なる立場が集い議論したものであれば提案を推進する力に一層磨きがかかるので、コレクティブな方法の方がいい。社会側にいる市民の意見が事前に企業側と討議し双方が合意している内容であれば、これも進める力になる。

「市民」という立場を日本では重きを置かない傾向にあり、いまだにイコール反社会という見方さえあるとうかがえる。しかしヨーロッパでのルール形成プロセスではコレクティブな手法は欠かせないもので、その基本的なところを理解しないので何かと政策議論に日本は負けてしまう。政府での政策議論になった時点ではもう枠組み案ができているのであり、ここから参加するのでは全く遅い。土台案をつくる圧力としてもコレクティブ・インパクトが有効なのだ。アドボカシー市民組織がNon-Governmental Organization(政府の外から政策にかかわる)といわれるゆえんなのだ。

いずれにしても、社会課題に対して企業は無防備ではいられない。事業の存続の上で手を打つためにも、単独でがんばりすぎることは会社にとっても余分なコストと労力をかけることになる。担当者に無理に対策を強いるよりも、社会全体の課題と割り切って社外の様々なグループのなかに積極的に入っていき、同じ問題を共有する仲間とともに役割を発揮してインパクトを増大することで、自社の事業戦略の強化としてはねかえてくることを実践してほしい。

本年もよろしくお願いいたします。