サステナビリティ倶楽部レポート

[第86号] 増えるM&Aによるグローバル化とサステナビリティの裏表

2018年09月14日

 

●海外展開で積極的になる日本企業のM&A
M&Aによる事業再編が活発に繰り広げられるようになっている。海外の事業拡大となると、その度合いはますます高まる。

かつて企業のグローバル化といえば「日本で作った製品を輸出する」で始まり、日本の高品質で信頼ある製品やブランドで国際的な信用を高め、これを世界中に届けるというものだった。Made in Japanそのものがブランドとなったものだ。そして急速に円高が進むと、賃金の安い国に製造拠点を移転する戦略が広がる。販売は先進国、製造は途上国という構図であくまでも自社製品を拡大するものだった。

この自前主義グローバル化は、今では新規戦略の柱ではなくなっている。自前のブランドをこれまで以上に浸透させることが難しいし、新たに展開するにあたり1から始めるのでは時間と労力がかかってしまう。そこでM&Aが手近な方法としてあがってくる。ゼロ金利政策で融資事業が先細る銀行が、新たな収益源としてM&A仲介業に熱心になることも背景にある。

M&Aの世界動向を見ても、日本企業による海外企業の買収は目立っている。高齢化で今後国内市場が縮小する見通しのため、キャッシュが豊かにある今のうちに海外企業を手に入れておかねば・・・という事情がある。リスクはあっても立ち止まっているわけにはいかない。

経営者のマインドも変わっており、今の経営にそのようなリスクテイクが必須のことは織り込み済みだ。積極的な会社は、単に海外の市場や拠点を獲得するということだけでなく、事業全体を統合したり世界で戦える経営手法に鍛え上げる、という志向で臨んでいる。

企業価値をどう高めるか、事業ドメインを軸にしてポートフォリをどのように組み合わせるかを検討する。その上で足りない部分をM&Aによって統合し、成長を見込むという戦略だ。M&Aの成果を出すには、日本中心思考の経営では通用しない様々な課題に挑まなければならない。

●サステナビリティ意識が薄いと思わぬ罠が
そんなM&A主流のグローバル化にあって、CSRやサステナビリ要素も大事になっている。CSRも「自前のもの」を「世界に浸透させる」ではやっていけない。

日本企業は経営理念や行動規範が徹底しており、地域や社員など人を大事にすることはベースにあって外せないところだ、と思っている。そこに文化が異なる企業がグループになる。海外のそれも今まで展開していなかった国となれば、経営していく上で思わぬことの連続だろう。M&Aの前に対象のデューディリジェンスはするのだが、これは財務中心の査定であって非財務の分野、まして文化までカバーできていないことが実情だ。

古い例では、30年前にブリヂストンが米ファイアストンを買収したケース。この買収は経営のうえで様々な苦戦を強いられ、時間をかけてそれを克服してきた経緯がよく取り上げられる。同社の問題は財務面だけでなく、CSR面でも大きな禍根があった。旧ファイアストンが運営するリベリア(西アフリカ)にあるゴム農園での児童労働、劣悪な労働環境等がNGOから指摘され、2007年には「世界最悪企業」1位に選ばれたことがある。買収先の農園の一つの地域問題までは当初考えていなかっただろう。もし「トラブルがある」ことが事前評価ではわかったとしても、アフリカ現地での出来事にどう対応したらいいか、日本的感覚ではほとんど無策だ。

最近のケースでは、キリンホールディングスに対し、買収したミャンマー・ブルワリーが現地の国軍に献金したとの状況をNGOに指摘された。欧米NGOや国連から問題視されているロヒンギャ人権問題に絡んだもので、非常にセンシティブなものだ。ミャンマー国民の間では欧米機関とは異なる見解をしており、現地の状況をよく知っていてもなかなか判断は難しい。とはいえ、企業がこのような政治的なケースに寄付や供与することは避けなければならない。現地の運営が徹底していないとして、グローバルに展開する親会社の責任と言われても仕方がなくなるのだ。

●ところ変われば呼び方も変わる
また日本ではCSRとかなり一般に使われている呼び方も、今となっては世界であまり使われていない。日本の中でもその内容に様々解釈があるくらいだが、世界で広がる用語とそれらが持つ意味や概念まで含めてよく理解してから使用するべきだ。一律にCSRと使ってこれまでの概念で話している日本の方が時代にそぐわない。

今よく使われている言葉がサステナビリティだ。これにはSustainable Developmentも含む。
日本では企業経営の永続性についても持続可能性という用語を使うようだが、この世界でサステナビリティといったら地球や社会の持続可能性のことをさす。企業からの見方では視野が狭い。SDGsが規定する17目標がサステナビリティの具体分野であることは、いうまでもない。

また責任ある企業行動(Responsible business)もよく見られる。こちらはOECD多国籍企業行動指針に盛られた11原則だ。これは社会に関するものだけでなく、企業が執り行うべき行動ということで情報開示や納税なども入っている。一方で地域発展は入っていない。ちなみに欧州では、ISO26000よりOECDの方がよく引き合いにされる。

東南アジアにいくと、ISO26000がよく参照されているようだ。ここではCSRが通じるものの、寄付行為やボランティアの地域活動、社員へのベネフィットなどいわゆる社会貢献であることが多い。この地域でも欧米企業が熱心である場合には、事業活動に結びつけたサステナビリティや企業の負の面を指摘するResponsibleが使われているので、貢献だけをしていて安心する日本企業は要注意だ。

●海外グループ会社の取り組みから学ぶことも多い
リスク面ばかり強調したが、もちろんメリットもある。
現地企業の方がその地域との連携をしっかりと作っているものだ。そのくらいの評価は、事前にもある程度できることだ。またサステナビリティの国際動向を日本企業よりよく理解していることもある。日本企業お得意の三方よしや倫理観を基盤とする「日本的CSR」は、日本人同士がいいよねといっている状況で、対外的にうまく説明できなくてミスマッチであることをよく見かける。世界からみると日本的であることの方が特殊なのだから。

海外グループ企業や事業所の方が国際的な文脈でサステナビリティに取り組んでいるのであれば、これをうまく活用してしまえばいいのだ。日本的なものを浸透させようと頑張るよりも、日本企業のサステナビリティ感をアップさせるため、逆に日本の本社やグループ全体に広げるように活躍してもらってはどうか。

最近の大型M&Aでは、日本本社の傘下に置くというよりも国際流のマネジメントの特性を認め、それとして事業ポートフォリオに位置付けるスタイルが増えて抵抗感がなくなってきた。サステナビリティ分野も、SDGsやESG投資など欧州や国連が主導して進めているものを日本も取り込んでいるのだ。グローバルスタンダードを認め、その文脈でサステナビリティ経営の革新を考え自社のものにする、という意識がさらに必要になっている。

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前回のレポート発信の後、多数の励ましのメッセージをいただきました。あらためてお礼を申し上げます。